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~ありがとね。こんな星降る夜空をね、一緒に見たかったんだ。ありがとね。~
2009年8月12日の夜は「ペルセウス座流星群」を楽しもう!
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2007年5月17日(木曜日)
[ あのね・・・ ]
「物語」って何かって簡単に言うとね、あっちに行ってこっちに戻ってくる、そういう話のことなんだって。でね、今と昔でね、主人公が出かけていく「あっち」っていうのが一体どこなのか?、それが変わってきていると思うんだ。
今の「あっち」っていうのは、新しい会社とか海外の国だったり、地元の野球のチームだったり、そんな僕たちが生きている現実の世界の中の一部なんだよね。出かけていった新しい現実のステージで挫折や喜びを乗り越えて成長して戻ってくる。そして「価値観の違う人との中で自分を磨いていけるのが、真の大人だ」とかね、「現実をよく見ている」とか「自己満足じゃない真のリーダーだ」とか評価される。何か「現実の世界こそ意味がある成長できる。それ以外は意味がない。ムダ。」という印象で、最近特にこの傾向が強い気がするんだよね。
それに対して昔の「あっち」は、いわゆるあっちの世界、そもそもこの世じゃないところへいっちゃうんだよね。鬼ヶ島だったり竜宮城だったり、こっちの境界線を越えて、生と死が交じり合うあっちの世界へ行って、それで摩訶不思議な非日常を体験をするんだ。つまりね、現実や日常とあっちの世界が隣り合わせになっていて、あっちの世界を体験したり、意識したりすることが大切にされていたような気がするんだよね。
この昔の「あっち」の感覚こそね、僕たちが生きることに直接繋がっていて、今の世の中でこそ大切に育んでいきたいものなんだと思うんだよね。
今の想いを大切にしたいから。忘れてしまうその前に、そのまま聞かせて。
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